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富士急行5000形は1975年に3100形の事故廃車補充用として2両編成1本が日本車両で製造されました。 高運転台、両開き2扉の20m級車体で、2両固定編成、冷房装置は新造時から屋根上に分散式クーラーを4基搭載し、富士急初の冷房車となりました。 モハ5001とモハ5…
鉄道コレクションのデハ501は、新塗装のデハ301と合わせてオープンパッケージで製品化されたもので、デハ301同様、第1弾で発売された旧塗装よりも細かな部分でより実感的に作られています。 実車は、元は近江鉄道で使用されたクハ23 で1948 年に登場しました…
富士急3100形は1956年に新製された同社の新性能電車で、日本初の狭軌用WNカルダン駆動車です。 なお名前の3100形は、昭和31年に登場したことに由来するそうです。 車体は、長さ19,350mm・幅2,800mmとなり、同時期に日本車両製造で製造された秩父鉄道300系と…
7000形は17m級の旧型国電で、1982年11月まで富士急で活躍していましたが、小田急2200形(富士急行5700系)の転入により、廃車となりました。 このうち、モハ7032は旧モハ32系のクモハ14型(14009)で、もう1両(14007)とともに1969年に富士急行へ払い下げ…
富士急1000形の元車両である京王5000系が、2013年に運転開始50周年を迎えることから、2012年に富士急1000形の1001編成が、京王線時代の塗装に戻されました。 その際、タイフォンも変更され車体番号表記も京王時代(譲渡前の車体番号)に戻されました。(5863…
2025年2月まで北陸鉄道浅野川線で活躍していた8000系。 前回の投稿で掲載できなかった、外装・車内などの写真を今回掲載します。 撮影したのは前回と同じ2019年8月です。 外観(外装)の様子 中間駅(たぶん三ツ屋駅) に列車交換を待つ8802編成。 ここが途中…
浅野川線を訪問したのは2019年8月でした この頃、8000系が03系へ置き換えとなることは決まっていましたが、03系はまだ導入されておらず浅野川線は8000系のみで運用されていました。 なお、8000系の淘汰は2020年12月の8903編成の営業運転終了に始まり、2025年…
モ1形は、富士急行の前身である富士山麓電気鉄道が1929年に開業(現在の大月線)した際に日本車輛製造で新造された車両で、モ1-5の5両が登場しました。 全長15m級、前面非貫通の両運転台・電動車で、当初はパンタグラフが2基装備されていました。 1952年から…
デハ501と2両セットで発売された晩年塗装のデハ301です。 第1弾で発売された旧塗装よりさらに出来はよくなっています。 デハ301がこの塗装になったのは銚子電鉄の経営権が内野工務店のなった1990年代前半のようで、塗装変更ともに集電装置もそれまでのヒュー…
真岡鐵道モオカ63型は、真岡線が1988年4月にJR東日本から真岡鐵道が経営を引き継ぎ 開業した際に導入された車両で、富士重工業により8両が製造されました。 開業から半年後(1988年10月)に2両、1993年の1両が増備され、最終的には11両となりました。 当時富…
鉄コレではいくつかのバージョンが製品化されていますが、管理者が所有しているのは第11弾に入っていたモハ1208-1308編成で、屋根上の冷房装置は集中式となるタイプですが、実車は2011年2月にすでに廃車となっています。 ↑ モハ1308 ↑ モハ1208 ↑ …
キハ3710形は、ひたちなか海浜鉄道(当時:茨城交通)が1995年と1998年に1両づつ、計2両導入した車両で、全長は18.5m、エンジンはDMF13HZ (330ps/2000rpm)を1機搭載しています。 形式の名称は、3710(みなと)の頃合わせです。 塗装はデビュー当時は茨城交…
キハ430系は、元加越能鉄道加越線のキハ120形で1957年に2両が東急車両で製造されました。 湘南形前面の16m級2扉の小型気動車で、東武鉄道熊谷線キハ2000形とほぼ同型車ですが、車内は同形式と異なりオールロングシートで側窓回りにも相違があります。 1972年…
元は南武鉄道のモハ108で、モハ100形グループの2次車として1928年に製造されました。 南武鉄道では1949年3月に廃車になり、クハ21として秩父鉄道に入線しました。 その後木造車の交代化進行に合わせクハ21は標準車体に載せかえられ、旧車体は弘南鉄道に渡り1…
元は南海電気鉄道の11001系で、 架線電圧昇圧で余剰となったものを京福電鉄が譲り受け、1973年から1974年にかけて2両編成8本(及び部品取り用で1両)が導入されました。 制御方式は抵抗制御で駆動装置は中空軸カルダン駆動方式を採用、 1M方式の為主要機器…
山形鉄道のYR-880形は、新潟鉄工所製の軽快気動車(NDC)で、1988年の開業時に6両が導入され、1990年に2両が増備されました。 18m級車体の両運転台車で、エンジンはDMF13(250ps)を搭載、冷房装置は機関直結式となっています。 ワンマン運転に対応した設備…
福島交通7000系は、最近まで同鉄道飯坂線で活躍していた車両で、飯坂線の1,500V昇圧の際に1991年に導入されました。老朽化のため1000系に置き換えが進み、2019年春までに全車引退となりました。 元東急の旧7000系で、制御装置は電動カム軸式抵抗制御で譲渡…
弘南鉄道3600系は、元東急3600系で第二次世界大戦後の混乱期に戦災国電の払い下げを東京急行電鉄が受けて復旧した車両です。 そのうちモハ3601+クハ3773が鉄道コレクションで製品化されました。 復旧の際、クハ3773・デハ3601は元の焼け鋼体を「叩き出し」…
モハ5250形は、1928年に日本車輌製造で「ナデ200形」として201-203の3両が製造されました。 15m級の3扉両運転台の丸屋根半鋼製車で、床下には木造車同様に台枠中央の垂下を防ぐためのターンバックル付きのトラスバーが組まれ、屋根にはお椀を伏せたよう…
長野電鉄モハ1000形は、1948年から製造された運輸省規格の17m級2扉車で、翌1949年までに1001〜1006が製造されました。 1954年にモハ1001・モハ1003がクハ1050形になり、その分番号が詰められた為、モハ1005がモハ1003になりました。 モハ1003は、晩年は屋代…
ホデハ260形は、元は京王電気軌道(現:京王電鉄)400形で1940年に日本車輌製造で10両が製造されました。 京王電軌では1963年の架線電圧1,500V昇圧時まで活躍しましたが、その後廃車となり、そのうち2402・2404・2408の3両が東急車輛製造で改造を受け、1964…
京福電鉄のモハ1001形は1949年に製造された日本車輌製の自社発注車で、3両が導入され福井支社で運用されていました。 当初の形式名はホデハ1001形とされていました。 私鉄郊外電車設計要領に準じた仕様となり、車体は名古屋鉄道3800系に類似していますが、3…
弘南鉄道の6000系は、元東急6000系で、7000系と同時期の1988年から1989年にかけて東急から弘南鉄道に譲渡されました。 製造は1961年で、東京急行電鉄としては5200系に続くセミステンレス車体が採用され、オールM車・MM'ユニットの採用、1台車1モーター装備、…
弘南鉄道のモハ1121(モハ11形)とクハ161(クハ16形)は、1930年後半から1940年前半にかけて、国鉄の前身である鉄道省が木造電車の鋼体化改造により製造した車両で、車体長さ17m級ロングシートの旧型電車です。 モハ1121は元クモハ11409で、クハ1611は元ク…
北陸鉄道7200形は、種車が元東急7000形の中間車デハ7100形で、入線に際しては先頭車改造及び冷房化工事が実施されています。 前面の形状は、福島鉄道など同系列の地方私鉄譲渡車(中間車の先頭改造車)などと共通の左右非対称型と形状となっていますが、7200…
北陸鉄道7000系は、元東急7000系を 1990年に同社が譲り受けたもので、現在石川線で運用されています。 種車の違いに起因する外観上の相違や冷房装置搭載の有無によって、7000形・7100形・7200形の3形式に分かれています。 導入時、すでにワンマン運転が予定…
北陸鉄道8000系の8802編成は2022年9月の運行終了となりましたが、その前に譲渡前のアイボリーホワイト色に変更され運行されました。 8802編成は一般色の仕様で既に第21弾で製品化されていますが、このアイボリーの姿でオープンパッケージであらためて製品化…
元は近江鉄道で使用されたクハ23で、1948年に登場しました。 その後同型のクハ25とともに上田交通(現:上田電鉄)に譲渡され、電装化されてモハ2321となりました。 当初は前面が非貫通でしたが、1962年に他の車両と編成を組むためにパンタフラフ側が貫通型…
元は鶴見臨港鉄道~国鉄鶴見線で活躍していたモハ115で、1930年に製造されたものです。 1948年に鶴見線が昇圧されたことから余剰となり、1951年に鉄道自動車で改造を受けて、銚子電鉄に入線しました。 集電装置は銚子電鉄に入る際にトローリーポールに取り替…
青い森鉄道701系は、2002年12月の同鉄道開業時より運用されている車両で、JR東日本から譲渡された元701系1000番台車2両編成8本の他、新製された2両編成1本が在籍し、譲渡車を基本番台車・新製車を100番台車として区別しています。 新製車は701系1500番台車を…



