
概要
長野駅と湯田中駅を結ぶ 33.2kmの路線を運営する鉄道で、かつてはこの他にも河東線(信州中野駅-木島駅間 50.4km)や屋代線(屋代駅-須坂駅間 24.4km)なども運営していましたが、いずれも2000年以降に廃止になっています。
モハ1004は基本的にはモハ1003と同様に製造当初は両側とも非貫通の前面でしたが、1958年の貫通扉取り付け工事の際、両側に貫通扉が設置されモハ1003との外観上での違いとなりました。
鉄コレではモハ1004・クハ1551・モハ1501の3両セットで製品化されました。
1951年に日本車輌で製造されたモハ1501は、1951年に製造、クハ1551は戦前製の木造車を車体鋼体化した車両。
1957年3月に登場、編成はモハ+サハ+モハの3両構成で、当初から2編成が投入、 1959年・1964年にはさらに1編成ずつが増備され、それぞれA~Dの編成名が与えられ運用されてきました。
鉄コレでは、長野電鉄2000系はA編成が第5段でモデル化されました。
長野電鉄2000系のA編成はリンゴ色が第5弾で一度モデル化されましたが、その後茶色バージョンがオープンパッケージで発売されました。引退寸前の状態を製品化したため、第5弾では非冷房となっていましたがこちらでは冷房化されています。
2000系のD編成で、晩年のリンゴ色に変更以降の仕様で製品化されています。
リンゴ色は、第5弾でA編成が製品化されましたが、それとは異なりこちらはスカートを履き、屋根の上にはクーラーも載せています。
ラッシュ時の混雑緩和を目的として1966年に2両編成2本が導入、全線で幅広く使用され特にラッシュ時は2本を連結した4両編成で運行されました。
晩年は長野-湯田中間を中心に運用されていましたが、1997年に3500系に置き換えられ廃車となりました。
半鋼製車の置き換えと長野-善光寺下間の地下鉄化に伴うA-A基準車の増備用として、1980年に2両編成1本のみが導入、
ワンマン化が行われなかったこともあり次第に運用が限定されるようになり、2003年に廃車となってしまいました。
元営団地下鉄(現東京メトロ)の3000系で、1993年に在来車の置き換え・車種統一をも目的として先計37両が一気に投入。
2020年1月以降、元東京メトロ 03系の譲渡車(3両編成5本)が順次導入され、3500系・3600系は2024年までに全車引退となりました。
老朽車置き換えのために東急から購入され、2005年順次導入。
編成は2M1Tの3両編成で、2005年と2006年・2009年にそれぞれ2編成づつが導入されましたが、うちT6編成は中間車が先頭車化改造をされた車両です。
鉄道コレではオープンパッケージで2020年に発売されたT4編成を所有しています。













