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富士急行(富士山麓電気鉄道)

富士山麓電気鉄道は、大月線(大月駅-富士山駅)23.6kmと河口湖線(富士山駅-河口湖駅)3.0km一体で運営する鉄道会社で、かつては自社発注車両も走っていました。

この会社は、従来の富士急行が2022年4月に鉄道事業を切り離し・分社化された会社で、大月線・河口湖線を「富士急行線」として案内しています。

この「富士山麓電気鉄道」の名称は富士急行のかつての社名でもあり、鉄道フアン的には「以前の社名に戻った・・・」という感じですが、長年に渡り「富士急行」の名称に慣れ親しんでこともあり、個人的にはあまり馴染めていません。

1000系

富士急1000形は、元京王帝都電鉄旧5000系で1993年に5700形の置き換え用として登場しました。

種車は基本的に1M方式の京王5100系カルダン駆動車ですが、最後の1編成(1208編成)は5000系の制御車を電装化しています。
座席は京王時代のロングシートをそのまま踏襲しているのが1000形、入線時に転換クロスシートに改造されたのが1200形で、1000形は2両編成2本(4両)、1200形は2両編成7本(14両)が増備されました。

現在、1000形はすべて引退、1200形は1205編成が残っていますが全く運用されていないようです。

5700形

富士急行5700形は、元は小田急の2200系グループ(2200形・2220形・2300形・2320形)で、富士急行線には1982年から1984年にかけて入線しました。

富士急に入線した際、小田急時代の ATSと列車無線の撤去、スノープローの取り付け、客用ドアの冬対策などの改造が行われ、塗装も富士急行のカラーに変更されました。

2両×8編成が増備されましたが、元車の関係からモハ5707-モハ5708の1編成のみが正面窓2枚の非貫通で、その他の車両が正面窓3枚の貫通形となりました。

入線後10年程度活躍したが、非冷房であることや老朽化が目立ってきたことなどから1000形(元京王5000形)により代替となり、1993年から1997年にかけて全車が引退・廃車となりました。

その他車両

モ1形モ1

1929年開業時に新造された車両で、1952年から1953年の頃の車体更新時に旧車体が上田丸子電鉄へ譲渡され、クハ250形(後のモハ4257)に車体に流用されました。
モハ4257は廃止後に富士急行へ返還され、落成当初の外観に復元された上で、河口湖駅に静態保存されています。

7000形

7000形は17m級の旧型国電で、1982年11月まで富士急で活躍していましたが、小田急2200形(富士急行5700系)の転入により、廃車となりました。
鉄コレでは、第4弾で製品化されました。

3100形

富士急3100形は1956年に新製された日本初の狭軌用WNカルダン駆動車で、同時期に日本車両製造で製造された秩父鉄道300系と類似点が多くなっていました。
2編成が製造されましたが、うち1編成が1971年に脱線転覆事故により廃車、残り1編成が1997年に廃車となるまで活躍しました。

5000形

富士急行5000形は1975年に2両編成1本が日本車両で製造、高運転台、両開き2扉の20m級車体で、2両固定編成、冷房装置は新造時から屋根上に分散式クーラーを4基搭載し、富士急初の冷房車となりました。