
銚子駅-外川駅間を結ぶ6.4kmの私鉄で、開業は1913年(銚子-犬吠間)と古く、昔から小型の電車などが活躍してきました。
鉄道コレクションでは、第一弾から製品化され、デハ301 以降の 12m~16m程度の小型車両はだいたい網羅されている他、現行の元京王線車両も製品化されています。
元は鶴見臨港鉄道~国鉄鶴見線で活躍していたモハ115で、1930年に製造、1951年に銚子電鉄に譲渡され長らく活躍してきましたが、デハ1000形の登場後は予備車扱いとなり、2008年の廃車となりました。
デハ501と2両セットで発売された晩年塗装のデハ301で第1弾で発売された旧塗装よりさらに出来はよくなっています。
実車はこの塗装のまま最期まで活躍しましたが、晩年には予備車(架線点検車)となり、2008年に解体されてしまったそうです。
元は1948年に登場した近江鉄道のクハ23で、上田電鉄で使用された後に1972年に銚子電鉄に譲渡されました。
12mと短い全長に対して主電動機を4つ装備し逆に消費電力も大きかったことから、デハ800形の入線以降は予備車となり、1999年には廃車となりました。
鉄道コレクションのデハ501は、新塗装のデハ301と合わせてオープンパッケージで製品化されたもので、デハ301同様、第1弾で発売された旧塗装よりも細かな部分でより実感的に作られています。
元は1928年に製造された近江鉄道の電動貨車デユワ101・102で、1978年に銚子電鉄に譲渡、2010年に老朽化のため2000形2編成4両に置き換えとなるまで、運用されていました。
鉄コレでは第12弾で製品化され、ワンマン化改造後の姿がモデル化されました
輸送力増強を目的として1985年に伊予鉄道から購入された16m級車で、
銚子駅側の前面は当初から非貫通窓でしたが、外川寄りも貫通路を閉鎖し非貫通とされたため、両側(前後)では異なった前面のデザインとなっています。
鉄コレでは第12弾で製品化され、ワンマン化改造後の姿がモデル化されています。
1994年に帝都高速度交通営団から譲りうけた車両で、両運転台化では他の車両の片運転台を接合す、主電動装置やパンタフラフは営団日比谷線用3000系の廃車発生品を流用、台車は富士急行5700形の廃車発生品に変更されました。
鉄コレではデハ1002 が第8弾で製品化されました。
デハ1001は、2007年4月26日から1012年5月まで人気ゲーム「桃太郎電鉄」のキャラクターを採用したラッピング車となり運行を開始されていました。
全面が青に塗装され、側面や社内のシートには同ゲームのキャラクターが描かれた他、車内の中吊広告は同ゲームの宣伝のものが掲載されました。
デハ1002号機は、2007年11月から12月にかけて塗装変更が行われました。
塗装変更は「鉄子の旅」のコミック版(特別版)発売記念のイベントの一環で、このコミックの原作者のデザインにより、車体上部・前照灯カバーがオレンジ・下部がダークブルーで、上下の境と乗降扉に白帯が巻かれた塗装となっています。
デハ1002は、2011年11月に丸ノ内線の塗装に変更され、2015年1月の引退までの4年間はこの塗装で運用されていました。
同車両は営団地下鉄時代は丸の内線の方南町支線で運用されていたそうで、今回このときの塗装に戻った形となっていました。
銚子電鉄デハ1001は2012年8月からかつて運行されていた営団地下鉄(現:東京メトロ)銀座線のカラー(山吹色)に変更され、2016年2月の引退までこのリバイバル塗装で運用されていました。
伊予鉄道の800形電車2両4本を譲り受けたもので、2010年7月から営業運転を開始。
2002編成は 2014年2月脱線発生した脱線事故を引き起こし、2015年4月に営業運転を再開した際にかつての銚子電鉄の標準色に変更されました。
鉄コレでは第23弾で営業運転復帰後の仕様で2002編成が製品化されました。
老朽化したデハ1001の置き換え用として2016年3月から運用を開始、銚子電鉄ではデハ3001+クハ3501となり、塗装は銚子の海をイメージした往年のトロッコ客車ユ101(澪つくし号)と同様の青を基調としたものとなりました。
















